魔界の月TOP東屋小説TOP未熟な翼6


一瞬だけ紅く染まった空は、日没とともに急激に墨を広げる。
鈍色に傾斜した空間に、男の影と、青白い輝きが対峙していた。
「・・・余計な知恵など働かさねば、もう数年くらいは生きられたろうに」
宗主は剣を持ち直した。切っ先は、未だ下を向いている。
「お前を殺すつもりは、なかった」
「僕も、貴方の邪魔をするつもりはありませんでしたよ。お父さん」
シュアールの瞳が細くなった。
「その呼び方は、禁じた筈だ」
「どうせ殺されるんでしょう。今となっては知ったことではありません」
あの時も、いや、物心ついた頃から、僕は守ってきたではないか。貴方を「父」と呼ばぬ約束を。
集団で庵にやって来るのは、「何も言うな」という圧力。
周囲には「離れて住んでいる異能族へも、気配りを忘れない統率者」というアピール。
そして「わざわざ来てやった」という自分への父親面。
だが、この男の優しさなど、感じたことは一度もない。
身内の恥を隠し続けてきただけだ。「宗主」という統率者の家から、「異能族」が出現したという恥を。
自分の名が、地位が、立場が危うくなることを恐れて、世間から隔離した。
生まれてきたことを、後悔させ。
生き続けることに罪悪感を持たせ。
そんなことを続けるくらいなら。
「いっそ生まれた時に殺せばよかったんだ!」
シュアールは慟哭した。
宗主の長刀が中空を切った。ひらり、とかろうじてかわしたシュアールの背後は断崖。

本気だ。

「今、全ての人間に事実を知らせるわけには、いかんのだ」
それはどちらの話をしている。民族の話か。それとも自分の存在か。
「人間は人間の世界をつくる。異人種は不要なのだ」
息子も。
そのためなら、血の繋がった子供も見捨てる。
それは、人界に混血を残して、各世界に去った天使や悪魔とどこが違う?
「もう一度、避けたら落ちるぞ。切られるのと転落死じゃ、どちらがラクかな」
シュアールは自分の指先に、これまで感じたことのない熱さを覚えた。
それは腕を這い登って肩に、胸に、髪に宿った。

この男のような人間が、一体あと何人居るのだろう。
自分たちの信じる世界が全て。それ以外は悪だと決め付ける愚か者が。
個人一人一人と話し合えば、冗談を言って笑い合える仲になれる奴も居るはずだ。
自分とハトルのように。
異民族であっても。異世界の住人であっても。
それを否定し、破壊する連中。彼らの行く手に、未来などない。

シュアールはかつてない熱の中に居た。感情の炎。激情の焔。
それは宝石を磨く火ではなく、荒々しい攻撃の火だ。
「終わりだ」
踏み込んで来た宗主の刀を、正面から精一杯の力で受け止める。
手の中で剣が燃え上がった。焦熱と恐怖で、宗主が剣を離す。
反動でシュアールの体が揺れた。
足の下から、地面が消えた。

* * *

終わったか。
宗主は尻餅をついたやや情けない体勢で、息を吐いた。
この高さから落ちれば、ひとたまりもない。異能人とは言え、肉体は人並み以下の奴だ。
我が子、と思ったことは、なかった。
尋常でない熱を佩びて生まれてきた赤ん坊のために、母体はもたなかった。自分は妻の死と引き換えに、一家の恥を手に入れただけだ。あの存在こそ、正に悪魔だ。人目がなければ、あれの言うとおり即座に縊り殺してやったものを。
磨き屋程度の「力」しか持たぬ半端者が、身の程知らずな。
最後の火には驚いたが・・・むしろあの状態が維持できるくらいの異能族なら、使い途もあった。
何だったのか確かめる間もなかった。
やはり放置してはおけない。あんな連中は居ない方が良い。
早く次の排除計画に移らなければ・・・。

念のために、と覗き込んだ宗主の目の前を、「ごう」と音を立てて闇色の巨大な鳥が滑空した。
凄まじいスピードのそれは、宗主の頬に風圧の切り傷をつけた。
男は顔を片手で抑えながら、『鳥』を見上げた。
すっかり宵闇に充ちた空の中、更にその姿は濃いシルエットを象って翻った。
「お、お前は・・・!」
巨大な黒い鳥は、銀色に燃えたシュアールを抱えている。
その手から、炎で新たに精製された宗主の剣が、元の持ち主を狙い放たれた。
焼け付いた剣は、宗主の胸を貫通した。
更に燃えながら剣は自身を溶解させ、宗主の肉体をも燃え尽きさせてしまった。
跡形も残らなかった。
『鳥』はシュアールを抱いたまま、その地へ静かに舞い降りた。

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